こんにちは、かおる(脳脊髄液減少症の看護師ライター)です。

ずっと、書こうと思っていたことがあります。

私が脳脊髄液減少症とわかるまでのいばらの10年。

せっかく脳脊髄液減少症とわかったものの、ブラッドパッチが不発…

「自分が幸せと思える人生」を諦めず、なお模索し続ける現在までを。

***

あまりに盛りだくさんすぎて、いつか丁寧に書きたいと思っていました。

私のストーリーが、脳脊髄液減少症慢性疲労症候群自律神経失調症など、原因不明の難病で苦しむ方のお役にたてると嬉しいです。この病気は人それぞれ、本当に千差万別の道のりがあるので。

もちろん、この病気を知らない方々は「こんな世界もあるんだ…!」と興味を持っていただけるととてもありがたく思います。

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「脳脊髄液減少症」と決まった私の現在

2021年現在、私は脳脊髄液減少症と診断されて1年が経とうとしています。

ブラッドパッチをして悪化してしまい、再び何か良くなる法はないか…と模索する日々。

今できることを一つひとつ、丁寧にやって生きています。

今は点滴と運動療法睡眠を大切にし、ストレスを溜めないような生活を重視しています。

今後は熱海の病院に行って何かヒントをもらいに行く予定です。

はじまりは17歳…

私はいわゆる交通事故などで脳脊髄液減少症を発症したのではありません。

ある日をきっかけに、ゆっくりゆっくりと体調が悪くなっていきました。

はじまりは高校1年生。

それまではスポーツが好きで、はつらつと部活に励んでいました。

しかし、ある日突然、部活についていけない。

「重力に勝てない…」「体が重い」「なんでこんなに疲れるんだろう…」と。

とにかく疲れやすかったのですが、学校には普通に通うことができました。

私は小さい頃から病院に行く習慣がなく、それほど大事でもなかったので、お年頃のせいということで落とし込みます。

しかし部活にはついていけないままだったので、「最近やる気ない」と言われ、ちょっとした仲間外れのような目には遭いました。

自分でもなんと説明して良いかわからず、悔しかったですね…。

お腹の張りがつらい…助けて…

高校2年生、胃腸症状の出現。

特にお腹の張りがすごかった…。

授業を集中して受けられないくらい、本当に本当にきつかったです。

全然食べてないのに膨満感がすごい。

前は食べるのが好きで結構食べていたのに。。。

一見それだけ?という印象ですが、この症状を持つ方はわかると思います。

人間関係、社会生活に支障が出るほどの苦痛です。

「この場から居なくなりたい…」と心から思わせるような症状です。

初めて病院に行きましたが、過敏性腸症候群と診断。薬を出されましたが、なんと症状が悪化。

「悪化するから薬を飲みたくない」と言ったら、「飲み続けないからだ」「患者さんの気持ちがわかるからいいじゃないか(笑)」と言われ…(当初から看護師を目指していたので)。

お年頃の女子なりに、かなり傷つきました。

それくらいギリギリの中、勇気を出して大人に助けを求めたのに…

増えていく症状と理解されない苦痛、それでも…

受験勉強が本格化していく中、私の体調は悪化していく一方でした。

これまでの症状に加え、座っていられない(起き上がっていられないという意味で)、頭痛、腰痛、冷え、酷い首肩コリが出現。

生理不順もありました。

学校では自分の進路を否定され、体調不良は理解されず、高校生ながらに「こんなに自分の意思が受け入れられないものなのか」と、孤独を感じていました。

ただ私の大きな強みが、看護師になりたい!という気持ち

自分のぶれない目標は何にも変わらない支えになりました。

誰に何を言われても、なぜか自分に自信がありました(笑)

②につづく・・・

ー「脳脊髄液減少症」診断までの10年つづきー

②:楽しい大学生活、しかし体が蝕まれていく…

本当の悲劇の始まり