こんにちは、かおる(脳脊髄液減少症もちの看護師ライター)です。

私が「脳脊髄液減少症」と診断されるまでの10年③。

※これまでのおさらい

「脳脊髄液減少症」診断までの10年

①「はじまりは高校生…」

②「楽しい大学生活、しかし体が蝕まれていく…」

今回は、晴れて夢の看護師へ!…と思いきや、ここからが本当の悲劇の始まりでした。

社会人&看護師スタート!のはずが…

徐々に体が弱っていき、不調の症状が増えていく中、私は看護師として就職してしまいました。

しかも、夜勤ありのハードな大病院。

「看護をやりたい!」という気持ちが強すぎて、当時はその選択肢しか考えられなかったです。

体調が悪くても、好きな仕事だし、若いし、2~3年は気合で頑張れば大丈夫!と過信していました。

しかし…

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就職して1か月目から夜勤が始まりました。

普通はもう少しゆっくりのところが多いのですが、他と比べても結構ハードな病院に就職してしまったみたいで・・・。8パターン勤務!

夜勤が始まると、何かのスイッチが入ったかのように体調が悪化していきました。

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まずは不眠。夜勤と緊張と。

人間は睡眠が充分でないと、みるみるうちに体がおかしくなっていくんだなぁと実感しました。

疲労感(「立てない…」もはや過労で思考停止状態でした)、謎の発熱が続く、食欲不振、吐き気、下痢、動悸、息切れ、頭痛、めまい、情緒不安定、抑うつ…

ストレス過多だと発熱するんだ!という発見もありました(笑)

とにかく体調が限界寸前!

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手持ちの薬(胃薬や痛み止め)の効果はいまいち感じられず。

仕事どころでは無かったのですが、社会人3か月目の私には休職なんて選択肢は思い浮かぶわけもなく…学生時代の恩師に相談。というよりも半ばストップをかけて頂きました。

この頃は自分の体調不良がなんなのかもわからず、仕事もわけわからず、メンタルがコントロール不良なのもよくわからず…おかしくなりかけていましたね。

でもなぜか、患者さんの前では大丈夫でした。インシデントというミスもしたことなかったです。

これがパワハラ…?上司との闘いが始まる

恩師のアドバイスで、上司に休職の相談をさせてもらうことに。

元々上司は私の体調不良に気づいていたのですが、「休職」というワードが出ると態度が一変

それでも診断書があれば休職は可能なので、近所の心療内科で診断書をもらって出しました。

心療内科・精神科にとてつもなく抵抗があった当時の私は、心の底から勇気を振り絞って診断書をもらいに行ったんです。

それなのに…

上司:「私の信用できるクリニックじゃないと認められない」

ということで、上司指定の精神科クリニックへもう一度…

心療内科・精神科は最悪だった

診断は「適応障害」

あるあるですね(笑)

ほぼ話していないのに、

2週間の休職とリフレックスとデパスとレンドルミンを処方される。(大丈夫か…?という不信感)

なぜかこの診察内容が私の上司にも伝わっている!というブラックぶり!

私が上司に正しく報告しているかの確認らしい。

これ、倫理的にNGですよね…。

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休職中も毎日電話報告。

通院後にも病院に報告しに出向く。

「社会人としての責任だよ。迷惑かけてるんだからね。」

が、上司の口癖だったなぁ。

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ちなみにリフレックスという薬を飲んだら全く目覚めなくなってしまったので、怖くなって3日で辞めました。

(ほかの方はマネしないでくださいね…!)

なぜかというと、薬を飲むほどメンタルが弱っているとは思わなかったからです。

「仕事がしたい!やりたいのに…体が…」

というのが私の悩みだったので、薬を飲んでも解決しない気がしました。

上司は「だから体調が悪くなるほど何か悩んでるんだから!なんで私に話さないの!!」と。

悩みを話さないことを何度も怒られました。

(体がついていかないって言ってるのに…)

2週間ではあまり回復しませんでしたが、上司からの圧力がすごすぎて復職。

復職してから上司の圧力はヒートアップ…!!!

本格的なパワハラが始まりました。

(④につづく)